寿命が…
これから書く文章に違和感?を感じる人は、おいらが勝手に描いた物語(絵空事?)として捉えていただければと。
口に出さずとも、誰もが何かしら あややに「?」は感じてると思うんですよ。
こう考えれば少しは楽になるのかと。
「あややは、『笑顔』を歌うたびに寿命が約1ヶ月短くなる!」って……
「万が一フルで歌ったりでもしたら、大変な犠牲を払うことに……」とか。
寿命ってのは歌手生命と捉えてくれても良いし、ヒトとしての生命と捉えるならそれこそ小説ちっく(伝説?)っぽくなっちゃうけれど。
ある日、おいらがSIBAさんにこういう感想を漏らしたことがあったんです。
「亜弥ちゃんは、『笑顔』を歌いたくないんじゃないかなぁ……」
お互いに亜弥ちゃんと楽しく握手した後だったためか、そういうメンドクサイ話は盛り上がらなかったけれど(笑)、今でもおいらはそう思ってる。
曲が気に入らなくて歌わない!のではなくて。
「めったに歌っちゃいけない曲」なんじゃないかと。なぜなら、寿命が短くなっちゃうから、身も心も削って放たれる計り知れないパワーで歌うから。
だって、、それくらいあややの歌う『笑顔』は感動してしまうんですよ。
ガラスの肩(脱臼グセ)を持った千代の富士の上手投げのように(何
考えようによっては、すんげぇカッコ良いあややになりませんか?「命がけで歌う松浦亜弥!」
ここまで書いておいてアレだけど、こういうことはあまり書きたくない。
ひとりひとりの心の中にそっとしまって思い続けているべきこともあると思うんです。
あれやこれやなんでもかんでも思ったことを書く・言うのは、品が無いというか。。
ZARDの坂井泉水さんが不慮の事故で亡くなったとき、それをフリップやらCGを使って詳細に検証しているテレビ番組、それが心の底から嫌いだった。
「もういいってば………_| ̄|○」
わずかばかりの怒りさえ……
知らなくても良いこと・追求しちゃいけないこともあると思うよ……って。
タブー? 倫理的に?……
从‘ 。‘)あたしが死ぬみたいじゃん!!!(激怒)
ごめんm(__)m ほんとに違うんだよ。。そういう意味じゃないんだよ亜弥ちゃんm(__)m
でも、、身も心も賭して歌っているように感じるのは本当だからさ。
ライブのとき、亜弥ちゃんが急に歌えなくなって会場のみんなで歌った『砂を噛むように…NAMIDA』の一節、今では良い思い出。
おいらは「無理しないで…」っていう言葉はあまり好きじゃない。(←今まで何度も書いてきたけれど)
もし自分が言われたら、、その心遣いは最高級に嬉しいし感謝するけど、
「無理をして何が悪いんだよ!!!」って内心思っちゃうヒネクレ者。無理をしないで立派な仕事なり業績なり人生が送れるはずがないと思ってるし。
プロなら なおのこと。
だからこそ、もしもまた「どうしても歌えませんでした。ごめんなさい。」のときには一緒に悲しい気持ちになりたいんですよ。
「ファンを悲しませたくない!」って思うに違いないけど、そういうときぐらい一緒に凹みたいんだって。っていうか、凹ませてくれよ。
無理なものは無理なんだから。
そういうときに無理しようとする人がいたら、それこそ命がけで止めさせてあげられるような人間でありたい、そう思う。
あぁ〜〜かわいい!!!!! 大好き!!!!!(はぁと)
100回くらい『笑顔』を歌って!!!!!(ぇ
从‘ 。‘)じゃ〜あぁぁ〜、、、、、(照)、、100回キスして!!
じゃぁ200回!!
从‘ 。‘)(殴)(蹴)(絞)
しあわせ♪